「出世にはあまり興味がありません。でも、任された仕事はきちんとやります」。そんな社員に、もう一歩成長してほしい。人材育成を考えるうえで、難しくも取り組みがいのある課題です。
自分から学びに行く人に機会を渡すだけでは、組織全体の力は十分に伸びません。一方、誠実に仕事を続ける人へ「もっと向上心を持ってほしい」と繰り返しても、何をすればよいのかは伝わらないままです。
昇進への意欲と、仕事を上達させる意欲は分けて考えられます。管理職になりたいとは思わなくても、ミスを減らしたい、顧客の相談に自信を持って答えたい、後輩に頼られたい、という願いは成長の入口になります。本人が納得して学ぶ理由を見つけられ、学んだことを仕事で使える組織をどうつくるか。その手がかりになる本を25冊選びました。
動機づけの理論を学ぶ研究書から、OJT、面談、職場の対話、評価や文化の見直しに使える実践書までを含みます。番号は優劣の順位ではありません。紹介中の職場の例は、各書籍の考え方を応用するための例です。
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向上心を求める前に、どんな成長を期待するかを決める
「仕事はちゃんとやる人」に対する育成と、担当業務の基準を満たしていない人への指導は、出発点が違います。前者には、今できている仕事を認めたうえで、次に増やしたい行動を具体的に伝える必要があります。
たとえば「もっと成長して」ではなく、「問い合わせの定型回答に加え、例外的な相談を一つ自分で整理できるようになってほしい」と伝える。会社が求める仕事の変化と、本人が得られる自信や負担の軽減をつなげることができます。
自己決定理論では、外から求められた行動にも、自律性の程度が異なる動機づけを考えます。仕事そのものが楽しい場合だけでなく、その仕事の価値に納得して取り組む場合も、自律的な動機づけの対象になります。まず必要なのは、全員を勉強好きにすることより、学ぶ理由を本人の言葉で持てる条件です。Gagné・Deciによる仕事の動機づけの理論論文が、この区別を整理しています。
以前の学ぶ人・学ばない人の違いを考えた記事も、学習への姿勢に目を向ける入口になります。ただし、社員を固定的なタイプに分類して扱うのではなく、今の仕事や支援の条件によって姿勢が変わる可能性も見ておきたいところです。自分から学ぶ社員にも、適切な仕事の機会やフィードバックは必要です。
| 今の悩み | 最初に読む候補 | 見直す対象 |
|---|---|---|
| 学ぶ必要性が本人に伝わらない | 人を伸ばす力 | 指示の理由、選べる範囲、上達の実感 |
| 経験を積んでも仕事の幅が広がらない | 職場学習論/「経験学習」入門 | 周囲の支援と、経験を振り返る機会 |
| 面談で本音が出ず、次の行動も決まらない | 問いかける技術/フィードバック入門 | 質問の仕方と、期待する行動の伝え方 |
| 改善案を出しても損をする雰囲気がある | 恐れのない組織 | 相談・異論・失敗に対する上司の反応 |
| 会社の文化として学習が続かない | 組織文化とリーダーシップ/サーベイ・フィードバック入門 | 評価される行動と、現場が参加する改善 |
| 昇進以外の成長の道を用意したい | キャリア・アンカー/組織のなかで人を育てる | 本人の価値観と、担ってほしい役割の接点 |
動機づけの研究から、学ぶ理由が生まれる条件を知る6冊
最初の6冊は、やる気を一つの性格として扱わず、動機の種類や仕事の条件から捉えるための本です。専門的な議論を押さえたいなら2・3、まず考え方をつかみたいなら1・4が候補になります。
1.人を伸ばす力――内発と自律のすすめ
エドワード・デシ、リチャード・フラスト著/新曜社。内発的動機づけと自律性を、研究者が一般向けに説明した本です。内容紹介・目次
「上司に言われたから勉強する」状態から、本人が意味を認めて取り組む状態へどう近づけるか。自分で選んでいる感覚、できるようになる感覚、人とのつながりを考える土台になります。今回のテーマで、最初に一冊を選ぶなら有力な候補です。
職場では、覚えるべき業務を明確にしたうえで、学習の順番や練習方法を本人と相談する使い方が考えられます。「自由にしてよい」と丸投げすることと、自律性を支えることは別です。必要な基準と選べる範囲をセットにして読むと、指導の仕方を具体化できます。
2.モティベーションをまなぶ12の理論
鹿毛雅治編/金剛出版。自己決定理論、達成目標理論、セルフ・エフィカシー、学習性無力感などを横断する心理学の入門書です。書誌・収録理論
同じ「研修に乗り気ではない」という行動でも、理由は一つとは限りません。価値を感じないのか、自分にはできないと予想しているのか、失敗を見られたくないのか。複数の理論を知ると、本人への質問を変えられます。
面談前に、意欲不足という結論を置く代わりに、確かめたい仮説を二つほど整理する読み方が向いています。本人の回答を聞かずに心理状態を診断したり、学習性無力感などの概念を社員の呼び名にしたりする使い方は避けたい本です。
3.ワーク・モティベーション
ゲイリー・レイサム著、金井壽宏監訳/NTT出版。仕事の動機づけに関する研究の歴史と諸理論を扱う、専門性の高い一冊です。書誌・目次
向上心を本人の内面だけで説明せず、目標や評価、仕事を取り巻く条件から考えたい人に向きます。一つの理論だけを万能な処方箋にせず、複数の研究の位置づけを押さえられるのが特徴です。
「毎月改善提案を出す」という目標を置くなら、提案を考える時間、使える情報、採否の返答まで用意されているか。制度を読む側の視点が育ちます。手軽な声かけ集ではないので、人事制度をつくる担当者や、育成方針の根拠を学びたい管理職に勧めたい本です。
4.モチベーション3.0――持続する「やる気!」をいかに引き出すか
ダニエル・ピンク著、大前研一訳/講談社。自律性、熟達、目的という視点で、動機づけ研究を仕事へつなぐ一般向けの本です。掲載カードは講談社+α文庫版です。文庫版の内容・目次
昇進を促す言葉だけでは届かない相手にも、「前よりうまくできる」「役に立つ実感がある」という入口を考えられます。管理職同士で、どんな仕事の渡し方をしているかを話し合う際にも読みやすい本です。
たとえば、業務手順を改善する小さなテーマを本人に選んでもらい、その結果を顧客対応や作業時間の変化で確認する。こうした応用が考えられます。ただし、内発的動機づけを理由に処遇への不満を放置したり、報酬はすべて逆効果だと読んだりするのは早計です。課題による条件の違いにも目を向ける必要があります。
5.マインドセット――「やればできる!」の研究
キャロル・S・ドゥエック著/草思社。能力をどう捉えるかという信念と、挑戦や失敗への向き合い方を扱う研究者による一般書です。出版社の紹介
新しい仕事を避ける社員に対し、「もっと自信を持とう」と励ますだけでは足りない場面を考える本です。失敗を能力の証明として受け止めているのか、やり方を変える手がかりと受け止めているのかで、上司が渡す情報も変わります。
「センスがある」と一括して褒める代わりに、「確認する順番を変えた結果、差し戻しが減った」と工夫と結果を結びつける。成果が出なかったときは努力量だけでなく、方法や支援を見直す。本人を「固定型だから育たない」と決めつけず、上司自身の評価の言葉を点検するために使えます。
6.フロー体験――喜びの現象学
M・チクセントミハイ著/世界思想社。人が活動に深く没頭する経験を扱う心理学の本です。出版社の書籍情報
「成長したいと強く思ってから、学び始める」という順序以外を考えるきっかけになります。取り組む仕事に適切な難しさがあり、目標や結果がつかめることで、仕事自体への関心が生まれる可能性に目を向けられます。
定型的な集計担当に、いきなり分析全体を任せるのではなく、数字の変化を一つ説明する課題を渡し、その場で確かめる。業務の難しさを調整する発想につながります。没頭は常時つくれる状態でも、長時間労働を正当化する理由でもありません。単調すぎる仕事と、難しすぎる仕事の両方を見直す読み方が適しています。
日常業務から学べる人材育成を設計する5冊
学習意欲が高まるのを待つ間にも、仕事は続きます。次の5冊では、周囲からの支援、任せる経験、研修後の実践など、業務の中に学習の機会をつくる方法を考えます。
7.職場学習論(新装版)――仕事の学びを科学する
中原淳著/東京大学出版会。職場の他者との関係や支援と、働く人の学習を捉える実証研究の本です。内容紹介・目次
社員の成長を、本人の勉強量だけで評価していないかを問い直せます。同じ業務を担当していても、相談できる相手がいるか、振り返る会話があるかによって、経験から得られるものを検討する余地があります。
応用例は、OJT担当者を一人決めて終わりにせず、作業を教える先輩、判断を一緒に振り返る上司、困りごとを話せる同僚との接点を整理することです。誰が何を支えているかを書き出すと、支援が一人に集中している箇所も見えます。研究で示された関係を、自社でも同じ効果が出るという保証に置き換えずに読む必要があります。
8.経営学習論(増補新装版)――人材育成を科学する
中原淳著/東京大学出版会。組織社会化、経験学習、職場学習、越境学習などを、研究と調査データから整理した専門書です。収録領域・目次
本人に新しい知識を教えるべきなのか、職場で学べる関係をつくるべきなのか。育成の問題を分けて考える見取り図になります。中途入社者が会社の進め方を学ぶ過程も含めて、成長と組織への参加を捉えられます。
自社の育成施策を「入社時に学ぶこと」「日常の仕事で身につけること」「他部署との接点から得ること」に並べると、研修だけに偏っていないか点検できます。会社の文化への適応についても、既存の習慣をすべて正しいものとして教え込むのではなく、新しく入った人の経験をどこで生かすかまで考えたい本です。
9.「経験学習」入門――職場が生きる、人が育つ
松尾睦著/ダイヤモンド社。経験から学ぶ力と、それを育てるOJTを、調査やマネジャーへのヒアリングを交えて解説する本です。出版社の紹介・目次
仕事を任せた後に、何を支援すれば経験が学習につながるかを考えられます。挑戦すること、振り返ること、仕事の面白さを見つけることを、本人の気合いに任せず支える視点があります。
顧客への説明を一部担当してもらい、終了後に「伝わった部分」「質問に答えられなかった部分」「次に変える説明」を一緒に確かめる、といった活用ができます。難しい案件を渡すだけで成長が起きると解釈せず、事前の準備と途中の相談を含めて設計するのが読みどころです。
10.研修開発入門――会社で「教える」、競争優位を「つくる」
中原淳著/ダイヤモンド社。企業内研修の企画、実施、評価を扱う実務向けの入門書です。書籍概要・目次
社員の意欲を変えたいという大きな期待を、そのまま研修会社への依頼にしていないか。研修で扱う課題と、職場で変えるべきことを切り分けるために役立ちます。
「主体性研修を受けさせる」から、「顧客の要望を整理し、上司へ選択肢を付けて相談できるようにする」へと目的を具体化する読み方ができます。研修後、その行動を試す仕事や、相談を受け止める上司が必要になります。受講者の満足度だけで、仕事での変化まで起きたと判断しないためにも読んでおきたい本です。
11.フィードバック入門――耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術
中原淳著/PHP研究所。フィードバックの基礎と、部下への働きかけを学ぶ実践書です。出版社の内容紹介
期待と現状の違いを曖昧にしたまま、「本人が気づくまで待つ」育成を見直すのに向きます。相手の話を聞くことと、仕事上の期待を伝えることを両立させたい上司の候補になります。
ただし、仕事を誠実にこなす社員を、出世欲が弱いという理由だけで問題のある部下として扱うための本ではありません。「現状の正確さは評価している。そのうえで来期は例外対応も任せたい」と、現在の貢献と次の期待を分ける使い方が考えられます。人格の評価を持ち出さず、観察できた行動と支援について話すために読みたい一冊です。
上司の関わり方と仕事の任せ方を変える5冊
本人の気持ちを聞くこと、学習を妨げる不安を減らすこと、仕事に工夫の余地をつくること。それぞれを別の課題として学べる5冊です。面談だけで解決しようとせず、日々の業務の進め方まで対象にします。
12.人を助けるとはどういうことか――本当の「協力関係」をつくる7つの原則
エドガー・H・シャイン著/英治出版。援助する側とされる側の関係を捉え直す、組織心理学者による本です。出版社の内容紹介
上司は成長を助けているつもりでも、本人には「できない人として扱われた」と感じられることがあります。助言の内容が正しくても、関係のつくり方によって受け止められ方が変わる。その問題を考えるための本です。
まだ本人が困りごとを話していない段階で、上司が課題と解決策を決めていないか。たとえば提案書の作成では、「この型に直して」より先に、どこを判断しにくいと感じているかを尋ねる。必要な支援を一緒に確かめる入口になります。本人の裁量をすべて奪って代行することが、育成になっているとは限らないと気づかせてくれます。
13.問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる
エドガー・H・シャイン著/英治出版。相手を理解するための「謙虚に問いかける」姿勢を学ぶ本です。書籍情報・目次
「どうしたらもっと成長したいと思える?」という質問には、成長したいと言ってほしい上司の期待が入り込むことがあります。本人の答えを引き出すつもりが、答えを誘導していないかを見直せます。
面談で使うなら、「今の仕事で、もう少し楽にできるようになりたい部分はある?」「新しい担当を引き受けるとしたら、何が気になる?」など、実際の経験を聞くところから始められます。質問の形で説得を続けるのではなく、上司がまだ知らない事情を聞く。学ぶ理由が見つからないときの最初の会話に向く一冊です。
14.恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす
エイミー・C・エドモンドソン著/英治出版。心理的安全性の研究と、組織の事例を学ぶ本です。研究の位置づけ・内容紹介
社員が相談や提案を控えているとき、それを意欲の低さと解釈する前に読みたい本です。「分からない」と言うと能力を疑われる、改善案を出すと厄介者になる。そんな予想がないか、職場の側を確かめられます。
改善案が出た場面で、採用できなくても着眼点と不採用の理由を返す。問題の報告には、原因を確認する前から責める反応をしない。こうした上司の行動を点検する読み方ができます。心理的安全性を、成果の基準を下げることや、異論を控えて仲良くすることと混同しないためにも役立ちます。
15.チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ
エイミー・C・エドモンドソン著/英治出版。仕事を進めながら学ぶ「チーミング」を、組織の事例とともに扱う本です。出版社の解説・目次
学びを個人の自主勉強だけに頼ると、もともと関心の高い人ばかりが参加する形になりがちです。この本は、協働の過程そのものに学習を組み込む考え方を与えてくれます。
受注後の引き継ぎで、「何をしたか」の報告だけでなく、「どの情報が足りなかったか」「次回はどこで確認するか」を営業と実務担当が一緒に話す。部署をまたぐ実務の振り返りに応用できます。会議の回数を増やせば学習が起きるわけではないので、実行に使える気づきが残ったかまで確かめたい本です。
16.ジョブ・クラフティングのマネジメント
森永雄太著/千倉書房。従業員による仕事の再設計と、それを促すマネジメント要因を研究した学術書です。研究テーマ・目次
今回の悩みと接点が深いのは、「自発的に工夫できる人だけが変わればよい」とせず、組織がその行動をどう支えられるかを扱う点です。本人の特性と、制度や管理職の働きかけを併せて考えられます。
たとえば、顧客の質問を整理するのが得意な社員に、回答集の構成を工夫する役割を任せる。ただし、正確性や更新責任、他の担当者への影響は合意しておく。仕事の一部を自分なりに良くする余地と、組織として守る境界を考える読み方ができます。好きな仕事だけを選んでよいという制度に短絡させないことが肝心です。
個人の変化を組織の習慣へつなげる5冊
一対一の働きかけがうまくいっても、元の職場に戻ると行動が続かないことがあります。変化への不安、互いの支援、仕事の仕組み、組織の対話を扱う5冊で、その先を考えます。
17.なぜ人と組織は変われないのか
ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著/英治出版。変化を望みながら行動できない状態を、「免疫マップ」などで検討する理論と実践の本です。出版社の解説・構成
成長を妨げているものが、単に意欲の弱さとは限らないと考えられます。新しい仕事を覚えると頼まれる量が増える、できない姿を見せると今の評価が崩れる。そんな心配と改善したい気持ちが同時にある場合の理解を助けます。
「仕事を広げたいが、残業は増やしたくない」という本人と、既存業務の一部を外したうえで新しい担当を試す、といった話し合いに結びつけられます。本人が変える必要を感じていない課題に、上司が一方的に内面探索を求める使い方は向きません。上司自身が部下に任せられない理由を考えるためにも使えます。
18.なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる
ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著/英治出版。発達指向型組織の考え方を、企業の事例から学ぶ本です。出版社の紹介・事例の位置づけ
育成を研修期間だけの活動にせず、日々の仕事で互いの成長を支える文化として考えたい経営者向けです。弱点を隠すための労力を、学びや改善に向けられないかという視点があります。
ただし、この本で扱う組織は成長への関与が強く、今回のように成長欲求が控えめな社員へ、そのまま移植すればよいモデルではありません。業務上のつまずきを共有して助け合う仕組みと、個人的な弱さの開示を求めることは分けて考える必要があります。実例から採り入れる範囲を吟味するために読む一冊です。
19.学習する組織――システム思考で未来を創造する
ピーター・M・センゲ著/英治出版。システム思考や共有ビジョン、チームでの学習を扱う組織論の本です。出版社の書籍紹介
「社員に主体性がない」という見方を、周囲との関係や仕組みまで広げられます。上司がすぐ答えを出す、社員が判断する機会を失う、さらに上司が指示を増やす。その循環を、個人の意識改革だけで変えようとしていないかを考えられます。
応用するなら、どの相談は社員が案を用意し、どの段階から上司が判断するかを決め、小さく任せて結果を確かめるところから始められます。全員が同じ将来像を持っていることを前提にせず、目指す仕事の状態を話し合う。抽象度が高いので、自社で繰り返される問題を一つ選んで読むと理解を進めやすい本です。
20.組織開発の探究――理論に学び、実践に活かす
中原淳、中村和彦著/ダイヤモンド社。組織開発の思想的な背景、発展の歴史、手法、企業事例を扱う本です。内容紹介・目次
「会社の風土を変えたい」と考えたときに、流行の研修やワークショップから選び始めるのを防ぐ助けになります。人と人の関係や、組織での対話に働きかけるとはどういうことかを、背景から学べます。
社員個人に成長目標を課すだけでなく、なぜ部門間で相談が止まるのか、意見が会議に上がらないのかを検討する際の土台になります。短時間で実施できる手法だけを探すより、何を変えようとしてその方法を選ぶのかを学びたい人向けです。育成を個人だけの課題に閉じ込めないための一冊です。
21.サーベイ・フィードバック入門――「データと対話」で職場を変える技術
中原淳著/PHP研究所。組織調査で職場の状態を捉え、その結果を現場の対話と改善へつなげる実践書です。書籍概要・内容紹介
「当社の社員は成長意欲が低い」という経営者の印象と、現場が感じる問題が同じなのかを確かめるために向きます。アンケートを取るだけで終わらず、結果をどう話し合うかまで考えられます。
学ぶ機会、上司への相談、改善への反応、負担の偏りなどを確認し、現場と一緒に変える対象を選ぶ、という応用ができます。点数を上げることを新たなノルマにすると、回答の率直さを失いかねません。人数の少ないチームでは回答者が推測される可能性も考え、集計結果をどう共有するかから設計したい本です。
組織文化とキャリアの接点を考える4冊
最後の4冊では、会社が期待する成長と、本人が望む働き方をどう結びつけるかを扱います。文化を理念の言葉だけで終わらせず、役割、評価、配置、経営者の判断までつなげるための本です。
22.人材開発・組織開発コンサルティング――人と組織の「課題解決」入門
中原淳著/ダイヤモンド社。人材開発と組織開発を結びつけ、課題解決のプロセスを学ぶ本です。出版社の解説・目次
「社員の向上心を高めたい」という要望を、そのまま施策にする前に読みたい一冊です。経営として何に困っていて、どんな仕事の変化が必要なのかを整理し、個人への教育と組織への働きかけを選ぶ助けになります。
たとえば、顧客の相談に応じられる社員が少ない場合、知識不足なのか、権限がないのか、情報共有が遅いのかで対策は変わります。本人に研修を受けてもらうことと、相談できる体制をつくることを併せて検討できます。社外コンサルタントだけでなく、社内人事が経営者の要望を整理するためにも向いています。
23.組織文化とリーダーシップ【原著第5版】
E・H・シャイン、P・シャイン著/白桃書房。組織文化の構造、形成と変化、リーダーシップとの関係を扱う専門書です。書籍紹介・刊行情報
「当社の風土に変わってもらう」という期待を、経営者自身の行動から考え直せます。学習を勧める言葉と、現場で実際に報われる行動が食い違っていないか。文化を理解するうえで外せない問いです。
改善を期待しているのに、試行で一時的に作業速度が落ちた社員だけを厳しく評価する。学びの共有を求めながら、教える時間を業績に反映しない。そんな矛盾を点検するために使えます。会社の理念への賛同の強さを測るより、顧客対応や協働で守る行動が日々どう扱われているかを見る読み方が適しています。
24.キャリア・アンカー――自分のほんとうの価値を発見しよう
エドガー・H・シャイン著/白桃書房。働くうえで大切にする価値観を、質問票やインタビューを通して考える本です。書誌・目次
出世を望まない人にも、専門性を磨きたい、自分で判断できる範囲を持ちたい、生活との両立を守りたいなど、仕事への期待はあり得ます。管理職になることだけを成長のモデルにしている会社に、別の面談の入口を与えてくれます。
本人の過去の選択や充実していた仕事を聞き、「人を管理する役職」以外に、難しい実務を担う、品質を支える、後輩に技術を教える役割を考える使い方ができます。質問票の結果で配属を自動的に決めたり、「この価値観だから挑戦は不要」と固定したりせず、本人と話す材料として扱いたい本です。
25.組織のなかで人を育てる――企業内人材育成とキャリア形成の方法
佐藤厚著/有斐閣。企業へのインタビューと先行研究をもとに、組織の育成と個人のキャリアを検討する本です。出版社の紹介・目次
会社がなってほしい人材と、本人がなりたい人材の間をどう考えるか。今回のテーマを、人事制度やキャリア形成まで含めて学べます。OJTと研修の関係、大企業と中小企業の育成なども視野に入ります。
昇進を望まない社員に役割の広がりを提案するなら、その役割を担う時間、身につける能力、評価や処遇との関係を説明できるか。制度としての整合性を考える読み方ができます。育成面談だけを変えても、配置や報われ方が以前のままなら何が起きるかを、組織の側から検討したいときの一冊です。
本を読んだ後、成長を望まない社員と何を話すか
25冊を一度に読む必要はありません。まず『人を伸ばす力』で動機づけの見方をつかみ、『職場学習論』で支援の条件を考え、『組織文化とリーダーシップ』で会社側の仕組みを点検する。この3冊から始めると、本人・職場・組織の三つを行き来できます。
本人との会話では、「なぜ成長したくないのか」と理由を追及する前に、現在の貢献を伝え、会社として次に期待する仕事を説明する。そのうえで、学んだ先に本人が得たいものと、懸念しているものを聞きます。
たとえば経理担当者であれば、「月次の入力を正確に仕上げてくれて助かっている。次は数字の増減理由を一項目説明できるようになってほしい。今の担当の中で減らす作業も一緒に決めたい」と話せます。成長への期待を曖昧な精神論にせず、取り組む仕事と負担を具体的にする例です。
本人が「昇進したくない」と答えた場合も、それだけで面談を終えず、専門性や顧客対応、後輩支援のような別の役割に関心があるかを確かめられます。評価と役割の関係を見直す際は、人材等級・評価・配置を学べる本をまとめた記事も関連します。
一緒に決めるのは、次に試す仕事、練習の時間、相談相手、結果を確かめる時点です。たとえば翌月の月次処理後に、説明できた範囲、必要だった支援、追加された負担を確認する。これは試行の設計例であり、研究が保証する実施期間ではありません。
変化を見る指標も、読んだ本の冊数や面談での前向きな発言だけに置かないほうが実態をつかめます。同じ条件の業務で差し戻しが減ったか、判断の理由を説明できたか、困ったときに相談できたか。仕事の品質と本人の負担を併せて見れば、「成長させたつもり」を避けられます。
会社が求めるのは業務上の能力や行動であり、私生活も含めて成長志向の人間になることまでではありません。必要な能力の習得は期待として伝え、そのための時間と支援を用意する。理念についても、全員に同じ熱量の賛同を求めるより、顧客への説明、情報共有、品質確認など、守るべき行動に翻訳するほうが話し合いやすくなります。
まとめ
最初の一歩は、誠実に仕事を続けている社員を一人思い浮かべ、「次にできるようになってほしい仕事」を一文で書くことです。その仕事を学ぶ理由を本人と話し、試す機会と支援を決める。出世への意欲が控えめでも、そこから始められる成長があります。
もし会社が新しい挑戦を求める一方で、失敗を責め、学ぶ時間を認めず、仕事が増えても評価を変えないのであれば、先に見直す対象は育成される側だけではありません。本人が上達を望める条件を、仕事の渡し方と会社の運営の両方から整えていく。そのために、今の課題に近い一冊を選んでみてください。


























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